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丹波 切立鉢

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丹波の窯ではその初期から江戸末期頃までは高台を削り出す習慣はなく、先日も書いたようにほとんど全ては例外なくベタ底のものだった。
丹波の古陶の多くは食器ではなく壺や甕などの保存容器やすり鉢などの調理用具、あるいは植木鉢や湯たんぽなどの道具の類であり、現代の陶器の中心でもあるいわゆるテーブルウェアのようなものは非常に少なかったが、江戸時代も終わり頃になってようやく鉢や皿などの生産もいくらかは増えて、あるものには高台を削り出したものや付け高台にしたものも見られるようになった。
こちらの鉢はこの手のものとしては比較的時代の上がると思われる、甕の下半分だけを作ったようなやはりベタ底のものである。
実際に丹波では高台のみならず、轆轤で削るという工程自体が基本的にはなかったので大きな甕などを作るにしてもこのようなものを作った後、いくらか乾いた頃にここに土を継ぎ足して少しづつ仕上げたのだった。


by hanakari | 2019-05-25 01:36 | つちのもの

筒描 皿

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類品を見ないので時代も産地もはっきりとしたことはわからないが、おそらくは信楽の幕末−大正頃のものではないかと思う。
このようなものは見たこともなく、予想だにしないものであればこそこれを見せられたときには思わず嬉しくなった。

技術の上から言うならばこれは日本のスリップウェアだ。
石混じりの荒土を分厚く轆轤して白掛けしたものに鉄泥で線を引いているのだが鉢の曲面に応じて線は流れる。
ただし紋様した後に型作りで仕上げる英国のものとは違って、この鉢を特別なものにしているのはこの紋様の流下である。
流れることを陶工が予期しなかったはずはないと思うが、そこに果たしてどんな紋様が生まれるかという事まではコントロールできるものではなく、この思いがけない紋様には必ずや喜びを感じたのではないかという気がするのだ。







by hanakari | 2019-05-20 12:49 | つちのもの

丹波 流釉徳利

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平安末期に開業した丹波の窯では中世古窯がどこでもそうであったように壺、甕、すり鉢がその生産の中心でしたが、江戸期に入って徳利が多く作られるようになりました。
酒に限らないとしても液体の保存の需要が増したのでしょう。
江戸初期は船徳利や辣韮徳利と呼ばれる大型のものが中心で、やがて種類を増し幕末頃にはえへん徳利、蝦徳利、傘徳利、浮徳利、蝋燭徳利などなどその技法もかたちも多様なものが作られるようになりました。
明治、大正、昭和前期は地名や酒屋の屋号を筒描きした通い徳利が全盛となります。
ずいぶん広い範囲の地名を描いたものが残っていることからすると、鉄道や道路の整備によって販路が全国に拡大したのであろうということがわかります。

こちらの徳利もやはり明治頃のものでしょうか。
この姿は屋号を描いた通い徳利と同じですが、江戸期の気配を残した丹波独特のあたたかみのある白掛けした肌に鉄泥を流しています。
鉄地に黒流しなどの類品もしばしば見かけますが丹波のこの時代頃までの白は特別な魅力があるように思います。




by hanakari | 2019-05-19 10:26 | つちのもの

瀬戸 菊紋石皿

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瀬戸の石皿は江戸も割合早い時期から後期にかけて作られたようで、やがてはその末期のぼてっと重たくて無地のものとなって歴史を終えた。
石皿の仲間のような馬の目皿もやはりこの末期のもので、それらよりも時代の上がるこういう絵皿は造型もエッジが効いて轆轤も冴えている。
熟練が美の絶対条件ではないということを語るように、どちらもそれぞれにうつくしい。

石皿はその轆轤仕事がいかにも数をこなした玄人の仕事であるのに比べてその絵付けはしばしば子供や素人の落書きのような無邪気なものを見かける。
やはり同時代の瀬戸の絵皿である行灯皿の絵付けが冴えた職人絵であるのとは著しい違いがある。
行灯皿は面相筆をさらさらと走らせたリズムとスピード感があるが、石皿の絵付けは太い筆に泥絵具をたっぷりと浸して描いている。
やはりどちらもそれぞれにうつくしい。
とはいえ、無数に作られた石皿のことなので、中には非常にこなれた構図や様式にはまるものがある。
この菊紋様もやはり多くの画工によって繰り返し描かれた画題のようで遺品は多い。
皿いっぱいにおおらかに描かれた菊は実際には大輪でもなく野菊のようなものであったかもしれないが、これほど詩情を誘う陶画もないのではないかという気にもなる。
もちろん瀬戸のあたたかみのある陶土や、いつも鉄と合わせて用いられる穏やかな呉須の色によるところも大きいようにも思う。


by hanakari | 2019-05-18 10:56 | つちのもの

ケニア 木枕

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これはケニアのレンディレ族の作った枕だそうです。
一つの木の塊から削り出したものですから実用的にもしっかりと頑丈なのですが、それ以上にこのまるでいきもののようなかたちに眼を惹かれました。

by hanakari | 2019-05-16 17:29 | きのもの

明石 筒描土瓶

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今では明石は焼物の産地としてはあまり認識されてはいませんが往時は西日本を代表する土瓶の産地であったといいます。
こちらはそれを証するにふさわしいいっちんで鳳凰を描いた大土瓶です。
これ一つを見てもその仕事の成熟具合が忍ばれます。



by hanakari | 2019-05-16 17:23 | つちのもの

白丹波 壺

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丹波の陶器の底は平安末期のその初現の頃から昭和になるまでほとんど変わりなくこのような作りなのです。
手びねり紐作りから轆轤成形へ、無釉の焼締から様々な施釉陶へ、穴窯から登り窯へと様々な技術革新が行われはしても灰を撒いた轆轤の上にうつわひとつ分の底土を叩いて平たく伸ばして作り始めるというこのやり方だけは何も変わらずに800年以上も続いたのでした。





by hanakari | 2019-05-16 17:15 | つちのもの