タグ:スリップウェア ( 23 ) タグの人気記事

藤井佐知さんのピッチャー

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藤井佐知さんの作品を見てお名前を知ったのはもう随分昔のことで、黒地に黄色い線がうねうねと走った蓋物でした。
それは骨太ではありながら非常に冴えた造形の感覚とともに低火度釉独特の美しい風合いの陶器で、それ以来ひとつ手元に良い物をと願っていたのです。
そう多作の作家ではないとはいうものの思いを込めてずっと探していたので何度かのチャンスはあったのですが、買い物のことですから値段が折り合わなかったりでなかなか御縁のないままに年月が過ぎたのです。
その後たくさんの作品を見る機会もあり、ますます思いを募らせていましたがようやくこのピッチャーを最近手に入れることが出来ました。
藤井佐知さんの作としてはもっと良い物がいろいろあるのは確かですが、それでも弛緩のない独特の美意識とあの美しい風合いを備えています。

これは自分の場合でもそうなのですがスリップウェアに取り組む仕事は、あの独特の様式感がはっきりした英国のスリップウェアが魅力的でありすぎるが故になかなか古の仕事の影のようなものになりがちな弱さも感じます。
これは知れば知るほど抜け出しにくい罠のようなもので、なかなか厄介なことだと思いますが、かと言って勉強不足の表面的な真似っ子仕事に生命があるかというとそうも思えないのが事実で、これはなんでもそうなのですが知った以上はとことん学んで進むよりないかと思うのです。
お手本がある仕事というものの難しさを感じます。
そんな中で今ほど情報に恵まれないという、時代としてもある種逆の意味での恵みはあったのでしょうが、藤井佐知さんや舩木道忠さんのお仕事は英国の仕事に引きずられ過ぎないで真に日本の陶器としてのスリップウェアを生涯求められたという点で大変尊敬しているのです。
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by hanakari | 2013-06-02 21:52 | つちのもの

コーニッシュジャグ

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素焼きの胴の口元にだけ申し訳ばかりに化粧土と釉薬をまとったなんとも粗末なこういう水差しは20世紀になっても英国のコーンウォールで大きさも大小様々に盛んに作られていたようです。
全体の姿や焼成は中世の古陶の伝統を継ぎ、化粧土と黄色いガレナ釉は18−9世紀に盛んに作られたスリップウェアそのままで、非常に英国の伝統的なやきものの陶脈を色濃く引き継いだものかと思います。
ウェットハンドルと呼ばれる轆轤した後に柔らかい粘土紐を引き伸ばしながらかたちしたこういうハンドルの付け方をバーナード・リーチさんが学び、小鹿田や出西などの日本の窯に伝えたものが今ではすっかり定着して、自分もマグカップやジャグの持ち手を立杭の清水俊彦師匠のところで学んだこのやり方で作っていましたがようやく直接教わることができました。
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by hanakari | 2013-04-05 00:50 | つちのもの

丹波 いっちん壺

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あけましておめでとうございます

丹波の窯で幕末期に作られたいっちんの小壷です。
今は失われていますが元々は蓋があって珍味など入れたものです。
いっちんというのはクリーム状に溶いた泥を細く絞り出しながら描く装飾のことで、これもスリップウェアと共通の技法といっていいと思います。
英国のスリップウェアや丹波のこういうものにほぼ同時に惹かれて自分は陶器を作ってみたいと思ったのです。

長い間更新しないでおりましたが2013年もどうぞよろしくお願い致します。
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by hanakari | 2013-01-01 00:01 | つちのもの

馬の目皿

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たくさんの目玉が見つめているようなこの皿は明治頃から作られはじめたのではないかと思われる瀬戸の馬の目皿と呼ばれるものです。
かなり厚手に轆轤をひいたがっちりとした作りはほぼ同時代にやはり瀬戸で作られた無地の石皿とも似ており、またおそらくは用途も需要も共通のものではなかったかと思うのですが、はたしてどういうところからこの印象的なデザインが生まれてきて定着したのかはわかりません。
今に残る品も相当多数あることからすれば長年にわたってかなりの数の馬の目皿が当時焼かれていたことは間違いないと思います。

この馬の目皿については大正末に現地で発見したスリップウェアと共に英国から戻ってきた濱田庄司とそれに大いに感動した河井寛次郎が京都市内の魚屋で使われていた馬の目皿を見付けて大変惹かれたといいます。
その時に二人はスリップウェアの日本版のような皿であると思ったそうですが、実際に数年の後にスリップウェアの技法をたくさん手がけていた河井寛次郎が馬の目紋様のスリップウェアも作っています。
そのころまでは普通に暮しの中で馬の目皿は用いられていたのです。

写真の皿はぼく自身がまだ自分で陶器を作ってみようともしていないがやきものに興味を持ち始めた頃に東寺の朝市で見つけて手に入れたものです。
大学に行く前に早朝から一周りして、まだまだやきもののこともこういう古いもののことについても知識もない頃に玉石混交の様々なものを手に取って見れるよい機会でした。
すでに二十数年も昔のことになってしまいましたが当時はたくさんの露天がひしめきあう市を一周りすれば今思ってもいろんな貴重なものがありましたし、特別珍しい訳でもない馬の目皿などは幾つか見つかったのです。
そのなかでも釉薬の調子や紋様の穏やかな描きぶりが気に入ってこれを選んだことや、当時の自分としては不慣れな、そして思い切ったこの買物のためにいっしょに行った友人がずいぶん根気よく値段を交渉してくれたことを思い出します。
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by hanakari | 2011-01-28 02:58 | つちのもの

kneik SOAP

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先日こんな思いがけない素敵なプレゼントをいただきました。
包み紙を解いてみると竹炭と米糠と米油でこしらえたスリップウェアです。
スリップウェア好きのぼくのためにこんなふうに工夫して作って下さったのです。
英国の古いスリップウェアに乗せて。

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by hanakari | 2010-11-03 23:35 | 日常

モロゾフ

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いただきもののチョコレートです。
お菓子や料理にも2色のクリームやソースでしばしばスリップウェアと同じように紋様がつけられています。
一方はそういうクリーム状の材料自体が持つ性質、そしてもう一方は西洋の共通の美意識や文化による装飾本能のようなものを両親としてこういう紋様はチョコレートにもクッキーにも陶器にも生まれてきたのでしょう。
自作の似たような紋様のものに乗せてみました。
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by hanakari | 2010-11-02 21:34 | たべもの

イギリスのスリップウェア

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古い英国のスリップウェアにはかなり多様なものがありますが中でも黒地に黄色い紋様の一連の作にも大きく大別して二つのものがあります。
一方は淡々とした長く続く線がかえって無地性を感じさせる不思議なほどに静的な縞物で、他方は大胆な抽象紋様を描いた動的な印象のものです。
この写真のものは大きく割れてしまってはいるものの後者を代表するような生命感の強いものです。
単純な波線紋様ではありますがその勢いとスピード感と共に太い線と細い線の対比が鮮やかで感歎せずにはおれません。
また深い黒地に鮮やかな黄色の色彩も上々で、使い込まれて煤けた真っ黒な土肌の表情もうつくしいものです。
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by hanakari | 2010-08-27 01:00 | つちのもの

英国と阿蘭陀のスリップウェア展

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京都の北白川にIRISさんという西洋骨董を扱うお店がありました。
初めて訪ねたのは1997年の17世紀オランダタイル展の時ではなかったかと思いますがそれ以後もオランダのデルフトのことなどいろいろと教わりながらお世話になっております。

スリップウェアも歴史的にはオランダがイギリスのものに先行しているようで、これはこれで独特の軽やかな作風のものが多く作られています。
そういうオランダのものはこれまでもたくさん扱われてきたイリスさんですが、今回店舗の移転を機にアンティーク イリス 麩屋町ギャラリーとしてリニューアルし、その最初の企画として4月28日より「英国と阿蘭陀のスリップウェア展」を開催されます。

英国の古いスリップウェアが売り物として出るのもそう多くはないことですが、それがこのような企画展としてまとめられることはさらに珍しいことではないかと思います。
知っている限りは1929年頃に鳩居堂で行われた「西欧工藝展覧会」、それからこれは販売の会であったとは確認しきれていませんが1972年日本橋三越で行われた「18~19世紀 スリップウェア陶器展」、そして1981年新宿の古道具坂田さんによる「英国スリップウェア展」、そして近年ではアメリカのもののほうが多かったのですが2004年の京都寺町の大吉さんによる「スリップ・流掛釉展」くらいしかなかったのではないでしょうか。
今回のイリスさんの会もスリップウェアに関心のあるものにとっては絶対に見逃してはいけない貴重な機会ですのでぜひご覧頂きたいのです。


4月1日追記
ぼく自身は初日の朝に見てきました。
縞や波線の描かれた皿や鉢類は日本でもずいぶん人気が出てきましたがそれらとはまた別系統の轆轤を使った壺やカップなどまだまだ日本では見る機会のあまりないようなものもいろいろと並んでいました。
イリスさんのホームページに展示の様子がアップされましたので紹介します。
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by hanakari | 2010-05-01 08:55 | つちのもの

Charles J. Lomax『Quaint Old English Pottery 』

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 これは1909年にロンドンで出版されたCharles J. Lomax著の『Quaint Old English Pottery 』です。大変貴重なこの本を最近手に入れることが出来たのでここに紹介します。
 柳宗悦の「スリップ・ウェアの渡来」(1933)によると彼が丸善の2階でこの本を見つけたのは1913年のことだそうですが、この本は当時たいへん高価だったらしく、まだ学生の柳は大変にこころを惹かれながらもこれを買うことが出来ず、また柳よりもやや早くこの本を見つけていた富本憲吉もやはり高価なこの本を買えなかったといいます。しかしやがて富本は展覧会の売り上げで柳と二人丸善に行きようやくこの本を手に入れたのです。このときの様子を「富本が其大きな本を嬉しそうに抱えて持って帰る姿を今もありありと思ひだす」と柳は記しています。
 この話の後日談は濱田庄司の「英国の軟陶」(1970)によると、富本は日本橋の丸善でこの本を25円で求め、このため奈良へ帰る旅費が不足したため当時上野に住んでいたバーナード・リーチに借りに訪ねたのですが、これを見たリーチがすっかり興奮して「旅費は貸すから本はぼくに預けて置け」と言ったとのことです。
 リーチは日本で偶然にこの祖国のやきものを知るところとなり、直接的に影響を受けた沢山のその種のやきものを作りました。こういうわけでリーチ初期の仕事のなかには瑞々しいスリップウェアの名品がたくさん残されたのです。このリーチのやきものを通じて日本にはスリップウェアの種がまかれました。ぼく自身としても最初にスリップウェアに惹かれたのはこの時代のリーチの作品でした。この本はその後柳や石丸重治も求め、1916年に濱田も丸善の最後の一冊を手に入れたそうで、柳の前掲文によると「日本には5冊くらいは来ているかと思う」とのことです。ちなみに柳旧蔵の本ならば当然駒場の日本民藝館に残されているはずではないかと思うのですが、民藝館所蔵本としてしばしば紹介されているものは富本憲吉自身の手による書き込みのあることから考えてもおそらくは柳旧蔵本ではなく富本旧蔵の本だと考えられるのですがこのあたりの経緯はわかりません。

 ところで相当な資産階級であった彼らにとっても高価だったというこの本ですが、当時の物価について少し調べてみると25円というのは一般的な労働階級の家庭の平均的な月収にほぼ近いので、やはりこういう書物を買うことは相当な富裕層でなければ叶わない事だったと思います。まだ柳やリーチや濱田たちさえスリップウェアを知らなかった、つまりは日本中で誰ひとりとしてスリップウェアに興味もなかったであろうこの地点でこういう大変高価な本が5冊ほども丸善に輸入されていたということは、こういう外国の最新の文物をいち早く教養として取り入れようとする裕福な知識人たちが一定数いたということでそのことにも驚かされます。
 ちなみに手元にある本は丸善が販売したものではなく、丸善と同じくやはり早くから洋書を輸入していた神田の一誠堂のシールがついていることから考えるとその当時でさえ柳の想像以上の数が日本に入って来たのではないでしょうか。スリップウェアが日本で認識されるきっかけともなったこの本ですから今ではやはり相当数が外国の古書市場から輸入されているのではないかとは思いますが、自分としては手に入れて初めて以前から気になっていたこの本の内容を確認することが出来ました。
 ここで紹介されているのはToftやSimpsonたちの手による飾り皿などが中心で、無銘の日用雑器であるオーヴン料理に用いるような縞や格子や抽象紋様の鉢類は全く出てきません。またスリップウェアの表記も現在一般的になっているslipwareではなくslip wareが使われています。
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by hanakari | 2010-04-16 01:56 | つちのもの

SLIPWARE -Found in the Thames-  発行と頒布のお知らせ

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 スリップウェアについてはしばしばここでも紹介していますが、ロンドンよりイギリスの古いスリップウェアのかけらをずいぶんたくさん届けていただきまして、日本にいてはとても手に入る訳もない貴重な資料が相当の数いまぼくの手元に集まってきています。
 スリップウェアに深く想いを寄せるものにとってはこのちいさな陶器のかけらも全く宝石のようにさえ感じられるのですが、御好意で贈ってくださったものであればこそこれを預かっているぼく自身がただ独り占めするばかりではなく、なんとかより多くの方にもご覧いただき、楽しみ、また役立てていただく機会を作る責任もあり、まずはほんのささやかな小冊子の発行を計画しました。
 近年日本でもスリップウェアをお手本とした作陶を志す方も増えてきたようですが、こういう資料に恵まれたひとはあまりいないのではないかとも思います。作陶家にとって多くの陶片を観察することはひとつの完器を鑑賞するのとはまた違った部分で大いに学ぶことが出来る大変貴重な機会ですし、また作り手ではなくともスリップウェアを愛する方にとってはかたちの失われたこういう残欠の写真でさえも十分いとおしんでいただけるのではないかとも思っています。さらにはまたこのような出所のはっきりしたまとまった資料は後年のスリップウェア研究のためにもおおいに役に立つのではないかと考えています。
 もちろんそれを必要とする方には親しく手にとって見ていただくことがいちばんよいのですが、とは言いましても実際のところ身近な友人たち以外にとってはそれも簡単ではないのでまずは写真ででもご覧いただければと考えたのです。

 このちいさな写真集は資金もない中でぼく自身が不十分な手持ちの機材で撮影し、オンラインの簡単なサービスを使って印刷したものですので、その写真自体も冊子としてもとても満足のゆくものとは言えませんが、それでも資料の少ないスリップウェアのことですから大いに歓んでくださる方もあるのではないかとも思っています。これはただただやきもののかけらが並んでいるばかりで、誰にでも必要な写真集だとは思ってはいませんが、スリップウェアをほんとうに愛する方にお届けできればとの想いを込めて作りました。
 編集時の混乱で同じ陶片の違う写真がひとつ含まれてしまいましたが、それ以外はおそらくはそれぞれ別のうつわのものではないかと考えられるかけらを32ページに70点収録しています。陶片はここに掲載したもの以外にもまだまだ多くのものがありますので、いつかより適切な撮影者や編集者に結縁してさらに完全なものが出来ることを祈っております。

 こういう冊子の印刷も多くを刷るならば一冊あたりはかなり安く作れるのですが、今回は一冊からでも注文できるsnapfishのサービスを使ったため単価が高くついてしまいました。どれだけご希望の方があるかも分からないので初版は14部のみ作りましたが数を限定する意図はありませんからさらに必要とする方があるようでしたら追加の印刷を考えます。その際には事情しだいで印刷サービスや写真などの内容を見直すこともあるかとは思いますので時間もかかる場合があり、またそれに伴ってあるいは冊子のスタイルや価格も変わることがあるかとは思いますがあしからずご了承ください。

 なお、スリップウェアを通して今までも多くの方々との御縁が結ばれて、大きな御恩のある方も少なくはありません。ほんとうならそういう皆様にはそれぞれ個別のご案内をさせていただき、また当然お届けしてご覧いただきたい方も少なくはありませんが、今回の冊子に関してはほんのささやかな企画でもあり、価格も印刷と送料のほぼ実費と言う事情もありまして、どちらさまにも直接のご案内と謹呈はさせて頂いておりませんがどうぞご容赦下さい。

 実際の手続きの便宜上頒布受け付けはすべて下記の方法のみとさせていただきます。特に期限を授けませんのでこの告知をご覧頂いたご興味のある方はご連絡下さい。




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kihatasarayama☆cans.zaq.ne.jp 
このメールアドレス宛にご連絡くださった方を先着順で受け付けますのでご希望の方は御住所とお名前を明記の上必要な冊数をお知らせください。
折り返しこちらからの返信メールにてご入金いただく口座番号等などをお知らせします。
発送は日本国内の送料込みで一冊あたり2,500円の御入金確認後に郵便局かヤマトのサービスにて発送します。
迷惑メール対策のために@を☆にかえて掲載していますのでご面倒ですが修正して送信してください。
前記のとおり初版分は14部のみですが、ご希望の方が多い場合は追加印刷も出来ますので特に数量と期限は決めずに受け付けをします。
なおメールをお使いではない方につきましては郵便葉書での連絡を受けさせていただきます。



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2012.9 追記
この冊子はいつでも必要な方がおられたら追加で一部からでも作っていたのですが、今年になって元画像自体またもちろんかけら自体はあるのですがレイアウト等の冊子としてのデーターが壊れてしまいましてこのままのかたちでの増刷が不可能になってしまいました。
いくつか気になる点はあったものですからこのまま作りなおすよりはもう少しきちんと丁寧にやり直したいと思っています。
まだまだ時間はかかるかとは思いますがまた新しいかたちでご紹介ができるようになった時にはここでご紹介させていただきますのでご興味がおありの方はしばらくお待ち下さいませ。

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2015.7 追記
すでに同じかたちでの再発行が不可能になっておりますのでこの冊子に添えた文章をここに添えます。

ごあいさつ

 その技法上スリップウェアと呼んでいいやきものは古くからヨーロッパ各地や、さらにはアメリカ大陸に渡った移民によっても作られるようになりました。しかしここで取り上げるものはなかでもおそらくは18-19世紀頃に掛けてイギリスの窯業地であるスタッフォードシャーあたりを中心に作られたと考えられているある特徴的な一群のやきものばかりなのです。それはスリップウェアの全体からすればある地域である時代に作られたただの一様式ではありますが、ぼく自身を最も夢中にさせてついには作陶を志すきっかけにもなったやきものはこういうものでした。ですからここでスリップウェアという時には全くこれらのものについてのみ指していると思って欲しいのです。

 スリップウェアがあんまりにも好き過ぎて自らもそういうものを作ってみようと思い立ったのはすでに二十数年も昔のことですが、そのころからやはりこれをひとつは手に入れて手元に置きたいと願っていました。ところが当時は古い印刷物を探したり、民藝館などの展示で見るくらいが精一杯で実物を手に入れるというようなことは思いもよらないことだったのです。それだけに一枚の写真にさえ過剰な程の思い入れを込めて眺めることが出来たのはあるいは幸福なことだったのかも知れないとも思えます。
 かなりの数のスリップウェアが民藝運動の先達たちによって日本に招来されましたが、おそらく濱田庄司さんが大正末年に英国からの帰国に際して持ち帰ったものがその最初ではないかと思います。彼はまた当時セント・アイヴスの畑からたくさんのスリップウェアのかけらを拾い集めたことも記しています。それを読んで、かけらならばまだ現地では見つかるのではないだろうかいうようなことを考えながら、せめてそんなひとつでもなんとか手に入れることはできないだろうかと願っていたのです。

 そして2007年の秋になりロンドンのPaulさんYumiさん夫妻とのご縁があって思い掛けずたくさんのかけらを探して送って下さるという幸運に恵まれる事となりました。ぼくの感激は大変なものでした。それは畑からではなく、予想外にもロンドン市街を流れるテムズの川底に砂に埋もれて眠っていたのでした。お二人は何度もテムズ川のほとりを歩いてぼくの求めた「黒地に黄色い縞や波線、そして格子紋様などが描かれたかけら」を熱心に集めては折々に届けて下さったのです。しかもそれらは全くの御厚意によるもので安くはないはずの国際郵便の送料さえもただの一度も受け取っては下さいませんでした。日本にいる自分にとってはあたり前ではとても手に入るはずの無い宝物はこういうふうにして手元に集まってきた訳です。

 たくさんのかけらを手に取って見るということがどれほど陶工にとっては得るものが多いありがたいことであるかは言うまでもありません。それはひとつの完器を観賞するというのとはまた違う大切な体験なのです。陶工である自分の立場では、ここから大いに学んで少しでもよいものを作りだすことが一番の報恩ではありますが、御厚意で送っていただいたものならば独り占めしてしまうばかりではなく少しでも多くの人とその価値と内容を共有して日本の工芸の将来に役立てることができればと考えてこの冊子を計画しました。これだけの出所のはっきりしたまとまった資料は後年の研究にとっても貴重なものですから散逸させないで長く保存すべきであると考えて、当面はぼくが預からせていただきながらそれを必要とする方があれば手に取って見ていただければと思っています。

 これらを見ていて気付くことは、割合として抽象紋が極めて少なくその大部分が縞紋様であることです。黒地の部分が多い抽象紋のものは小さなかけらとなったときに黄色い線が含まれないためにスリップウェアとして拾われにくかったということもあるかもしれません。しかしむしろこれは当時あるいは複数の生産地から大消費地であるロンドンに運ばれて市民の暮らしに用いられ、やがて壊れてテムズ川に捨てられたものですからその消費遺構としての特色ではないかと思います。
 また日本ではあまり知られていないリム付きの浅い皿が案外多いことや口辺のカーブの具合やその厚みが薄造りのものも少なくない点から想像して割りあい小さなうつわ類もかなり多いのではないかということも考えられます。これらの点についてはさらなる調査と研究が必要だと思います。

 このささやかな小冊子はぼく自身の手持ち機材で撮影してオンラインの簡単なサービスで印刷したものですから、写真、レイアウト、装幀など全てにおいて充分満足のゆくものではありませんが、しかしながらスリップウェアを愛する人にとっては大いに歓迎されるものであるとも信じています。実際にスリップウェアを見ればその紋様や色彩とともに型で抜かれた穏やかなかたちも大変魅力的であることに気付きますが、かたちがあってないようなこういう小さなかけらになってしまっては残念ながらうつわのかたちのうつくしさを味わうことは出来ません。しかしその分だけ二色の泥が流れた線の表情の微妙さや健康的で明るい釉薬の肌合などをさらに端的に感じることも出来るのではないかとは思います。これをきっかけとしていつか相応の撮影者や出版社に結縁してより完全なものが出る日が来るのを念じております。

 この宝石のような素晴らしい宝物を発見して贈ってくださったPaulさんYumiさん御夫妻、それからこの冊子のためにうつくしい奥付をデザインしてくれた久野隆史さん、ぼくのスリップウェア好きを支えてくださり共に語りあい歓びあった方々、それから未だ会うことのないスリップウェアを愛する全てのひとに感謝します。
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by hanakari | 2009-12-13 21:13 | つちのもの