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あさがお

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このうつくしいあさがおに出会ったのは去年のことで近くの家のこの花を出掛けるたびに眺めて楽しんでいました。
つややかで繊細な白い花は清楚で気品があってほんとうにうつくしかった。
ひかえめな淡い上品なかおりも好きだったのです。

調べてみれば天国の門という意味らしいPearly Gate といういかにもふさわしい名前がつけられているようです。
この花があんまりにも好きすぎて早くからお願いして種を頂きました。
そういうわけで今年は自家でも畑を囲う柵にたくさんの花を咲かせてくれています。
日本のあさがおとは違って葉っぱはハート形で花は夕方近くまで開いています。
蔓も長く伸びてずいぶん寒くなる頃までたくさんの花を咲かせます。

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あさがおなので夜になれば萎んでしまいますが翌朝には次のつぼみが花を咲かせる。
写真は二日目の朝に撮ったまだ開きかけの姿ですが昼頃にはこのとおりに見事に開きました。

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最初に切っていけたのは8日の朝でそれが1枚目の写真ですがさすがに水だけではつぼみは大きくは育たないため花は小さくなりましたが今朝もまだ花は開いて部屋をうつくしくしてくれています。
これはただうつくしいばかりではなく切り花にしてさえ驚く程に堅いつぼみまで一週間以上も次々に咲き続けるほんとうに生命の強い花なのです。
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by hanakari | 2009-09-15 08:06 | 草木花実

厚紙

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仕事場から出ても夜中に部屋であれこれともののかたちや釉薬や装飾のことを考えることがあります。
考えるとは言っても自分の側が一生懸命に作ろうと工夫しているわけではなく、むしろかたちのほうが生まれたがっているみたいにどんどん出てくるような気がします。
誰かが作ったものというのは生まれたがっているかたちがその誰かをこの世の入り口として捕まえたものだというようなことがあるとき非常に実感を持って感じられたことがありました。
だからほんとうにそれを自分がちゃんと作り出すことができるかどうかというのとはおかまいなしにいろいろなものがあらわれてくるのです。
実際にやきもので出来るかたちというのはなにかと制約があるもので、時に鉄や木や石やコンクリートで作ったほうがよいのではないかというような気がするものもあるのです。

先日机の上に何気なく置いていたTシャツの台紙が目にとまった瞬間にそのうつくしいことに目を奪われました。
もともといろんな素材の板が好きなのですが、板というのはかたちが無いわけではないにせよ無いに等しいようなものなので最もそのかたちに邪魔されないで素材感を味わえるからではないかと思います。
こういう再生紙の厚紙の風合いには独特のうつくしさがありますがあまりにあたりまえに見慣れすぎていてそんなものには気が付かなかった。
ずっと気が付かないでいたことにあるときふと気付くと言うのいはいったいなんという不思議なことでしょうか。
これはなかなかたいしたうつくしさだと三脚をセットして夢中で写真を撮りましたがこの微妙な感じはとても写真に撮りきれはしませんでした。
しかし風合いとともにこの自然に曲がった薄いかたちとそこに出来る影がただ事でない程うつくしい。
これを白磁でやってもちょっとよさそうだとは思いますがあまりにそれは壊れやすいのです。
うつわは彫刻ではないので実用にならないものでは意味がありません。
こういう薄く平たくて自然に曲がるものならば木のうつわを作ればそれはいつか少し反り返って素材が本来なりたがっている表情を見せてくれるのではないかというようなことを考えていました。
サクラかヒノキのようなつやが乗った木を使えばうつくしいだろうとか、それをうつわとして用いるためにはオイルフィニッシュがよいのか、それともオスモのようなもので処理するほうがよいのか、拭き漆も良さそうだがそれでは色が付き過ぎるなどということを考えていたのです。
もちろんぼくは木のことは全くの素人なので実際にそれを実現するには誰か専門家に相談しなくてはどうにもなるものではありませんが薄い木の板が空中に浮かんでいるように見える、そういうようなイメージに想いを込めながらあれこれと考える時間は好きです。
その木のうつわはただ空想の中でだけ出来上がったのですがいつかほんとうに生まれてくるのでしょうか。
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by hanakari | 2009-09-10 00:00 | かみのもの